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ロシアW杯より藍をこめて

サッカー日本代表・ロシアW杯への道程・藍は日本代表ユニフォームの色をイメージ
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Act.16 【日本らしいサッカーとは「柔よく剛を制す」なのだろうか】

クラシコで久々にメッシを見たが、もう30歳になるのに全く衰えていないのには驚いた。それどころか、ますますそのサッカーに磨きがかかっている。ペナルティエリア内で彼がボールを持つと、どんなに相手選手でごちゃごちゃしていても、かなりの確率で得点となる。全く凄い選手がいたものだ。

メッシで思い出したが、2010年W杯の時、アルゼンチン代表監督はマラドーナだった。彼は戦術について「メッシに預けろ」しか言わなかったという笑い話があるが、メッシのプレーを見ていると、本当の話だったのかもしれないと思えてしまう。

それにしてもマラドーナは破天荒な監督だった。もともと本能でプレーするような天才肌の彼は、論理的思考が必要な監督業にはどう見ても向いていないと思われた。引退後の私生活はハチャメチャだったが、監督に就任してからもリンゴをかじりながら記者会見をしたりマスコミに激しく悪態をついたりと、あまりにその動向がユニークだった為、当時のアルゼンチン代表チームは選手より監督の方が目立っていた。

考えてみれば、歴代の日本代表監督も個性的な人が揃っていた。まあ監督というのはどこの世界も個性派ぞろいではあるが。
僕が日本代表監督で特に印象深かったのは、フィリップ・トルシエとジーコである。

トルシエはフラットスリーなる戦術を選手に教え込み、試合で上手くできないと怒り、上手くできると「言った事しかやらない」と言って嘆き、とにかくいつも顔を真っ赤にしてわめいていた。「中田ヒデ?サッカーは1人でやるわけではない」と言っておきながら、韓国戦で中田を入れたら突然ワンランク上のチームに変化したのを見て、その後中田の顔色を窺うようになった等々、色々と面白い話題を提供してくれた監督だった。彼は「日本人は自動車が通っていないのに、信号が赤だと道を渡らない」等と言って、日本人のことを特徴的に捉えていた様だ。アフリカを指揮したときと同様に管理主義を徹底し、選手に対して、いや、誰に対しても常に上から目線であった。フィジカルトレーニングを重視し、フラットスリーという妙な戦術に固執した。

トルシエの後はジーコが代表監督に就任したが、トルシエとは真逆のサッカー観だった。とにかく「自由」。トルシエの時の反動からか、我々もそれを喜び、支持したものだった。彼は「天才は共存できる」として、当初は中田英寿、中村俊輔、稲本潤一、小野伸二を中盤ダイアモンド型に配置し、あとは「どうぞお好きに」みたいな感じだった。つまり戦術らしい戦術は全くなかった。この傾向は4年間続いた。強制的にやらせたのは、選手が試合でシュートを外しまくった翌日、ひたすらシュート練習をさせた事ぐらいか。よくこれで4年間も監督としてもったものだと思うが、やはりドイツW杯での結果は散々だった。グループリーグ敗退後、最後にジーコが言った言葉はこともあろうに「日本人はフィジカルが弱すぎる」だった。これを聞いて「何年も日本に居るのに、何を今更…」と苦笑した日本人は多かっただろう。フィジカルについてはトルシエも「日本のフィジカルエリートはここにいたのか!」と横浜ベイスターズ(当時)の二軍キャンプを視察して言ったものだ。彼も日本人サッカー選手のフィジカルを嘆いていた一人だった。とはいえ、ご両人とも日本サッカーに大きく貢献したことは間違いない。

そういえばザッケローニも「インテンシティ」という言葉を使い、ハリルホジッチも「デュエル」という言葉で「強さ」を鼓舞していた。やはり日本人選手は世界基準に対してあまりにも「強さ」が足りないように感じるのは、海外から見ると皆同じの様だ。

「日本らしいサッカー」という言葉の意味合いとして「柔よく剛を制す」という言葉がある。欧米人に体格で劣る日本人が技で活路を見出そう、という意味で日本柔道で使われた言葉である。しかし本来は中国の兵法書「三略」に書かれてある言葉で、「やり方によっては柔和な者でも剛直な者を制御することや、弱い者でも強い者を制御することが可能な場合もある」という意味で、決して「柔らかくしなやかな者こそが」という意味ではないし、それを推奨しているわけでもない。

というのも、三略でそれに続く言葉として「柔でもあり剛でもあればその国は繁栄し、弱でもあり強でもあればその国は影響力を増す。しかし柔かつ弱でしかなければその国は必ず削られ、剛かつ強でしかなければその国は必ず滅びる。(原文略)」という様な事が書かれているからだ。

つまり、何事においても柔、剛、弱、強をバランスよく使い分けなければならないと説いている。これはサッカーにも当てはまる事で、ハリルホジッチの方針が日本人に合わないとしても、ボールを繋ぐだけのサッカーでは駄目なことは最近の欧州サッカーを見ればよくわかる。長所を伸ばすのは結構だが、一方のやり方に偏らず臨機応変の使い分けが必要なのだ。

話は変わるが、日本人に対してあまり理解がない、沸点が低い、フィジカルを重視して同じ戦術に固執する、という点においてハリルホジッチはトルシエとよく似ている。フランス国籍を持ちアフリカのナショナルチームで名を馳せたという点においても同じである。歴史は繰り返すとはよく言われるが、ハリルホジッチの反動で今後の日本代表がジーコの時のようなサッカーにならなければ良いのだが…。





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