FC2ブログ

ロシアW杯より藍をこめて

サッカー日本代表・ロシアW杯への道程・藍は日本代表ユニフォームの色をイメージ
0

Act.2 【日本らしいサッカーって何だろう】

最近は住宅のみならず、事務所やデパートなどでも殆どの便器にウォシュレットが付いている。しかし、だいぶ以前に外人向け高級賃貸マンションを設計した時、「外人はウォシュレットを使用しないので設置しても無駄だ」と某不動産会社の担当者から言われた事があった。そのときは「ビデがある文化なのに何故なのだろう?」と不思議に思ったものだ。(もっとも、これは後から知ったのだが、彼らのビデの使い方は足を洗ったりちょこっとした洗濯物をしたりと多用とのことだ。)

日本に来た外国人の殆どがウォシュレットに感動するらしいが、いまだに世界的普及とまでは至ってない。理由としては、外国では水道水が清潔では無い、浴室とトイレが一緒になっている場でのコンセント設置の禁止、などなど色々な事が考えられるが、公にならない情報として「身体の構造の違いもその一つだ」と聞いたことがある。要するに、日本人と外国人では肛門の位置、角度が微妙に違うということだ。この位置や角度はメーカーが長年の研究を重ねて現在のものになったものだが、あくまで日本人のデータで開発した商品なので他民族には合わないかも?という訳だ。民族によって骨格や筋肉の質、筋肉の付き方、性格や風習なども違うので、肛門の位置や角度が異なっていても不思議はないだろう。

痔になると何をするにも痛みが走り、人間の行動の中心は全て肛門にあることが良く分かる。要するに「軸」みたいなものだ。「軸」の位置が異なれば当然身体能力の特性も違ってくるだろう。肛門や骨格、筋肉の質だけではなく、もしかしたら視神経伝達の何かが、つまりは物の見え方だって民族によっては異なるのかもしれない。 各々の歴史や文化が異なるように。

サッカーは球技であり一人一人が自由に動ける分、選択肢が多いスポーツだ。日本の文化や身体的特徴に合った「日本らしいサッカー」というモノはおそらく存在するのだろう。 しかしそれが世界に通用するかどうかが問題だ。勿論、日本人がサッカーに向いていないなどとは少しも思わないが、今回のアジア最終予選を見ていると、コンスタントに世界のベスト10に入る様な強豪国になるのは夢物語の感じを受ける。

経済大国でありJFAも年間2百億近くもの収益を上げる大組織になっているのに、何故停滞しているのだろう。日本が初めてW杯に出場した1998年のフランス大会以来20年近く経つが、日本サッカーの世界的地位はあまり変わっていないように見える。まだ20年しか経っていないとも言えるが、日本にJリーグができたとき、経済大国で教育がしっかりしている日本がプロリーグ作れば、サッカー強豪国の仲間に入るのは相遠くないだろう、と言った外国のサッカージャーナリストは多かった。しかし現実はそう甘くはなかったわけだ。

サッカー強豪国と言われる国々のメンツがずっと変わっていない現実を見ると、サッカーそのものよりそれを取り巻く環境、つまり文化の方が重要なのかもしれない。サッカーに革命を起こした強豪国オランダは九州程度の国土でしかないのだ。日本ではなでしこが国際大会で偉業を成し遂げても、それは一過性のブームでしかなかった。強ければ文化になるという簡単なことではなさそうだ。日常に深く根差したサッカー文化を持つ欧州との差は歴然としている。

結局今の代表では、日本らしいサッカーで世界を驚かす、ではなく、突発的な強さ、つまりジャイアントキリングを期待してW杯を楽しむ事しかない。しかし、それでも勝利はうれしいものだ。やり方に拘らず、得意の緻密さで相手を丸裸にして強豪国に打ち勝つ。結局それが今言える「日本らしさ」なのかも知れない。


にほんブログ村


にほんブログ村




スポンサーサイト
-

Act.1【ハリル・ホジッチ劇場・最終章の始まり】

ザック・ジャパンのときは、前からプレッシングをかけてパスを駆使してボールポゼッションを高めて相手を崩していくというコンセプトだった。2013 年 11 月のヨーロッパ遠征では、ベルギーやオランダを相手に素晴らしい内容で善戦したが、あの頃がザック・ジャパンのピークだったのかもしれない。それは「日本らしいサッカー」という大義名分の元で、メンバーの固定化と戦術オプションが無い、という硬直化を招いてしまい、ブラジル W 杯では残念な結果に終わった。

ハリル・ホジッチ監督は試合ごとにメンバーを入れ替え、「縦に速く」という、これまでの日本のサッカー文化と対立するような内容をコンセプトに据えた。その結果、日本はボールポゼッションが極端に低くなった。それに加えて内容のチープさもあり、これまでの試合では批判が多かったが、先日のオーストラリア戦ではそのコンセプトが見事に当てはまり、最後に実を結んだとマスコミは評価していた。

一方最後のサウジ戦を見ると、ハリル・ホジッチ監督も結局このサッカーしかできないのだろうか?本当にこのサッカーでよいのだろうか?という疑問がわいてくる。あらゆる状況を考えて、サウジアラビアに対してもオーストラリアと同様によく研究し対策を練っていたとは思うが、メンバーこそ変われどやり方はオーストラリア戦と変わらなかった。

相手の長所を潰しながら堅守速攻で勝負をものにしていく戦い方は、ハードワークではあるが、W 杯のような格上との試合には必要な戦術だ。実際、W 杯をみていると、格上と対戦するチームのほとんどが堅守速攻でジャイアントキリングを起こしている。
それは良いのだが、相手に引かれたときや先取点をとられたときの攻撃オプションが無い、となればどうなるのだろう。その上、W杯は相手も日本の事をタップリとスカウティングしてくる、という状況での戦いである。そもそも日本は堅守といえるほどの守備力なのだろうか。速攻で点が取れる様な鋭い攻撃力を持っているのだろうか。この戦法はデュエルの弱い日本人に合っているのだろうか。

欧州予選に目を向けると、堅守速攻が得意なイタリアは苦戦している様だが、それでもイタリアには日本には無い強さと狡猾さがある。イタリアといえば、もう何年も前のことだけど、中田英寿がペルージャにいた頃、日本に凱旋してセレッソ大阪と戦ったことがあった。結果は 2-0 でペルージャが勝利したが、サッカーはセレッソの方が上手かったし、良いプレーをしていた。しかしペルージャの方が強かった。攻撃も奪って速攻の一本調子だったが、とにかく怖さがあった。その時は戦術云々の前に、先ずは強引にボールを前に運ぶシンプルな強さの必要性を感じたものだ。

W 杯まであと9ヶ月である。大会までのハリル・ホジッチ監督の舵切りは、予選最後の敗戦である意味面白くなったとも考えられる。それは一種のエンターテイメントだ。どんな物語になるのだろう。日本代表という混沌とした状況下で、どのような形で終止符を打つのか。そしてそれは今後に期待できるものなのか。あるいは今回の延長そのままで三流ドラマの様に呆気なく終わってしまうのだろうか。

サウジアラビア戦の敗戦は、良い方向に進む序章であると思いたい。


にほんブログ村


にほんブログ村

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。