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ロシアW杯より藍をこめて

サッカー日本代表・ロシアW杯への道程・藍は日本代表ユニフォームの色をイメージ
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Act.23 【スペイン代表監督解任!サッカー協会も上には上がいるものだ】

日本対パラグアイのW杯前親善試合。W杯出場国ではないパラグアイにとってあまり意味があるとは思えない試合であり、実際プレスもユルユルだった。しかしそんな相手であれ、やはり勝利は美酒である。乾の逆転シュートは歓喜あふれるものだった。とにかく日本代表のゴールを久々に見たような気がした。代表の試合を見て気分よく寝られるのは、W杯出場を決めたアジア最終予選のオーストラリア戦以来だろうか。

色々なメディアが言っている通り、今回は連携の良さがテレビからでもはっきり見て取れた。2点取られてしまったのは残念だが、守備に関してはおそらく今後もずっと付きまとう問題だ。個人的には南アフリカ大会、もしくはアジア最終予選でハリルホジッチがオーストラリア戦でみせたようなアンカーを置くのが良いと思うが、今回の勝利でコロンビアなどの強豪相手にどういう策で挑むのか、多少なりとも楽しみになった。これで気分よく開幕を迎えられるというものだ。

ところで、コロンビアの選手は日本代表の印象を「フィジカルの高いチーム。スピードがあって瞬発力がある。何より選手間が自動的な連係を築いてまとまっていう好チーム」などと評している様だ。ハア?フィジカルが高いだと?アジア最終予選のオーストラリア戦でも見たのだろうか。何故フィジカルが強いと言っているのかわからない。ひょっとして韓国代表と間違えているのかもしれないな。あるいは全く知らないけどインタビューだから適当に褒めているのかも。実際、アジアの事など彼らにとってはその程度だろう。

しかしながら、スイス戦やガーナ戦、そして今回のパラグアイ戦をみてコロンビアは日本をどうスカウティングするのだろう。カンビアッソは何を思うのか?客観的に見れば、どういうチームなのか、どのメンバーで来るのかが実に予想しにくいチームだと思う。監督解任劇の効用というべきか。「うん?日本程度なら、その場で普通に対応出来るっしょ」程度に思っているのかもしれないが。

監督解任と言えば、スペイン代表ロペテギ監督がW杯開幕1日前だというのに突如解任された。彼はジダンの後任としてレアルマドリードを指揮することが13日に発表されたが、どうやらスペインサッカー協会に言わせると「3週間前に代表監督の契約を2022年まで延長したばかりなのに何故だ!」という事の様だ。レアルマドリードは違約金をスペインサッカー協会に払ったようだが、協会内の怒りは収まらなかった。ロペテギは2011年から13年までU20のベスト8が2回、U19とU21の欧州制覇がそれぞれ1回と年代別代表で残した実績が高く評価され、2016年7月からデルボスケの後任となった代表監督だ。各国に研究しつくされている感のあるスペインサッカーに新たな戦術を試しており、就任してからの2年間はいまだ無敗である。

Rマドリードの何でもアリは今に始まったことではないし、開幕1日前という状況を普通に考えれば、例え問題があっても犯罪でない限り「今回のW杯が終わるまでは代表監督」という事になると思うが、なんとも血の気が多いというか何というか。監督解任劇に関しては上には上がいるという事が良く分かった。



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Act.22  【スイス戦は「歴史は繰り返す」の前哨戦なのだろうか】

田嶋会長は「西野監督のやりたいサッカーが見えてきた」と言っていた。確かにそうかもしれないが、それは4年前と同じに見えた。ブラジル大会で世界に粉砕されたサッカーの復活である。まあ「日本らしいサッカー」と言えば日本らしいが。

攻撃に関しては、相手のペナルティエリア付近までボールは運べるものの、そこに来ると急にスピードが落ちる。せっかく勢いよく前線まで来たのに何故か仕掛けない。ボールを後ろに戻す。あるいは無理なパスや精度の低いクロスでボールロストを繰り返し、カウンターの餌食となる。結局、皮肉なことに相手ゴールに近づけば近づくほど得点の匂いから遠ざかる感じを受けてしまう。これらは「形は出来ているが、あとは決定力」というものとは異なる質の問題だと思う。

守備に関しての弱点はボランチとGK。GKは以前から指摘されていたことだ。ボランチの場合、世界を相手にしたときに求められる重要な要素は守備力だと思う。日本の様な弱小国の場合、守備力が高い闘将というべきボランチが必要だ。日本代表の特性を考えると、岡田ジャパンの時の様なアンカーを置く守備的なやり方しかないのかもしれない。

「後ろで守るサッカー(守備的サッカー)は非効率的。ほぼ世界的にそういう認識で一致している。弱者は後ろで守りたがるが、後ろで守っていたら逆に危ないのだ。」という意見もあるが、世界に出ると日本の場合は「だって、前から行こうと思っても、あいつら身体が強くて上手いから押し込まれちゃうんだもん」という事になる。

スイス戦の前にBSで1970年メキシコ大会の準決勝「イタリア対西ドイツ」を放映していた。試合場が高地でシーソーゲームだった為、「アステカの死闘」と呼ばれているらしい。この頃のサッカーはマンツーマンが基本であった様だ。攻撃の時はセンターバックがシュートを打つ場面も頻繁にあり、どちらかというと個の自由に任せていた部分が多かった。要するに個の力が発揮されるサッカーだ。

前半だけ見ると、日本対スイス戦の方が攻守にわたって格段にスピードがあったように思う。ところが、終盤、西ドイツが1点を追う展開になってから突然攻撃にスピードが増し、試合が激しくなった。結局後半44分にドイツが同点とし、延長戦になるのだが、驚くべきはその走力、体力だ。延長戦を合わせると実に120分もの試合になったが、イタリア選手も西ドイツ選手も最初から最後まで走りまくっていた。アステカという高地でしかも5試合目である。試合が終わった後も10キロは走れるのではないかと思ってしまう程の体力だ。

「この時代、ドリブルができない選手はおそらくレギュラーに選ばれなかったのだろう」と解説者が語っていたが、まさに「個人技」対「個人技」、「力」対「力」、「体力」対「体力」、「精神力」対「精神力」等々、互いに「個の力」で押し切ろうとするガチンコサッカーだった。しかしこれはこれで見ていて面白い。というか、なんだかサッカーの原点を見たような気がした。現代サッカーが戦術的であるにせよ、こういうものが彼ら、つまり欧州や南米のサッカー選手達の土台に埋め込まれているのだろう。まさに「技は力の中にあり(空手家・大山倍達:談)」だ。結局、日本が攻め切れないのも、そういったものが少なからず関係していると思う。

ところで、世界の名将でフィジカルが弱いチームを率い、W杯で素晴らしい成績を残した監督はいるのだろうか。世界でもサッカーでフィジカルが弱そうなのは東アジアの日本と東南アジア諸国に限られるから、いるわけないか。スイスの監督(サラエボ出身のクロアチア人)は「彼がここにいないことが残念でならない。去年の12月、モスクワで会ったときに今回の試合について話をした。彼は非常に優秀な監督だ。今後の活躍を期待したい」と語っていたそうだ。「彼」というのはハリルホジッチの事だ。このマッチメイクはハリルのコネによるものなのだろうか。とにかく残念なのはこちらも一緒。どうせ負けるのなら、1%でも2%でも今までの日本のしがらみに拘らない、新しい形の代表をW杯で見たかった。なにも優勝を求めているわけではないし、まだまだ先は長いことは分かっている。もしかしたらW杯ベスト4など永遠に来ないのかもしれない。妙なポジティブ思考はバカっぽく聞こえるだけである。であるなら、その長い時間の中で変わったやり方での代表もあって良いはずだ。

まあとにかく、今はスイス戦が本番に向かっての、まさかのフェイク試合であることを祈るばかりである。



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Act.20 【日本代表メンバー発表】

監督交代劇があったので、ガーナ戦を論評する人それぞれの協会との距離感で肯定否定のポジショントークがあるのは面白い。加茂周元日本代表監督が「短期間でここまでチームを仕上げた、それなりの手ごたえをつかんだ」等と言っているように、協会に近い人はポジティブな言葉を羅列している。本田に関しては「サイドだけでなく、中に入ってのプレーもしていた云々…」と驚くほどの高評価。連動性もなく勝手気ままに動くサイドの選手をこうまで評価するとは、褒め殺しだろうかと思ってしまう。

逆にサッカー協会から遠い立場の人、またはおおよそ協会に縁もゆかりもない人たちは「がっかりした」「酷くなった」等々、殆どが酷評。これはブロガーや海外メディアを含めてだ。負けた時の批判はそのスポーツを強くする為には重要だと思う。それが無ければそのスポーツは発展しない。大いに批判的な意見は言うべきだ。批判的と言えば、プロの評論家の中には代表がどういう結果を出そうが批判しかしない日本の野党みたいな人もいるが、これはこれとしてあった方が良い。結構いい試合だったのに、こんなにもヒネた見方(失礼)があるのか!と勉強になる。

「ビッグ3不発」とか相変わらずベタなことを書いていたのはスポーツ新聞だ。こういうベタなことは少しサッカーを知っている人間には恥ずかしくてとても書けそうもない。そういえばフランスワールドカップの時、どこかのスポーツ新聞が「日本代表、おだ『仏』」という見出しを付けたのには笑った。どうせなら、「何故ビッグネームが集う代表にオオタニサンがいない?」とか頓珍漢な事を書いて楽しませて欲しいものだ。

発表されたメンバーはほぼ予想通り。23人のうち11人が前回ワールドカップと同じメンバーで、5人は3大会連続で選ばれている。先日行われたガーナ戦の先発メンバーでは8人が前回ワールドカップで選ばれたメンバーだった。道理で平均年齢が28歳以上と高いわけだ。それにしても、本来ならわくわく感が高まるイベントであるはずなのに、暗いメンバー発表だった。GK以外ポジション表示がなかったせいか、まるで何かの被害者の名前を読み上げているかのようだった。この重苦しさは監督の苦しい胸の内を象徴している。仕方がないのかもしれない。本番まで2か月を切った時点で無理やりバトンを渡された西野監督には同情する。会長だけが、何故か嬉しそうに何かを読み上げていたのが印象的なメンバー発表だった。




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Act.19 【監督が代わっても、いつか見た日本代表だった】

ガーナとの親善試合。西野監督は新しいやり方で選手を鼓舞し、日本が持っている良さが前面に出るように苦心していた。しかし、結局この試合で改めて分かったことは、W杯において日本には2点取られたら3点取り返すというサッカーは不可能という事だ。攻撃の展開は良かったようにも見えるが、ガーナは前日来日したばかりでコンディション不良。その上、親善試合気分なのか、プレスのスピードも当たりもユルユルだった。その相手に、パスだけ繋ぎシュートは外しまくって点は取れず、結局守備のミスで失点。これは過去何度も繰り返してきたことだ。こういう事を打開する為に外国からそれなりの監督を招聘したはずだった。何かを根本的に変えるために。

このサッカーでは、コロンビアに猛スピードで隙間を突かれるのが目に見える様だ。ボールさえ持たせてもらえないだろう。まあコロンビア相手に同じサッカーで臨まないとは思うが、だったら何故今これをやるんだという話になる。W杯では守って守って守り抜いて、隙あらば速いカウンターで得点を奪うサッカーしか勝つチャンスは無いのかもしれない。つまり相手が前掛かりにならなければ得点はノーチャンスだ。それをするには、まず強固な守備が不可欠だ。格上に先制され、引かれてしまえば勝つチャンスは殆どない。弱者の戦い方を身につけなければ世界では勝てない。

ハリルホジッチはリアリストなのだろう。ボールポゼションにも日本らしいサッカーにもまるで興味がない様に見えた。日本サッカーに何かを残そうとか、面白いサッカーをやろうなどとは微塵も考えていない。恐らく、日本代表という持ち駒を用いて、W杯でいかにして相手から勝ち点をあげるかしか頭になかったのだ。当然、代表サッカーの娯楽性は失われるが、W杯でそれが味わえる期待感は、少なくとも今よりはあった。今更タラレバは意味ないが。

まさかもう監督は変えないと思うので、西野監督には代表をワールドカップ仕様にしてもらうしかない。しかし過去を振り返ると、本番前に勝てない方が逆に本番で良い成績を残しているので、そうなる可能性を信じたい。



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Act.17 【日本代表監督は今後も日本人になるのか】

ガーナ戦に向けた27人の選手発表の時、西野監督はGK以外ポジションを書かないで欲しい、みたいなことを言ってポリバレントを重視したことを強調していた。中島を外した理由もそれであるという。このメンバー選考を見て「有名な人は外されないんだね。大谷さんは入ってないの?」と嫌味を言う女性もいる。僕の娘だが。NHKでは山本昌邦さんがハリルホジッチは「戦術ありき」だったが、西野さんは「選手ありき」の考え方だと述べていた。

「選手ありき」ということは、我らがサッカーになるという事か。この際だから勝ってもらえればどうでもいいか。一つ言えることは、どういう選手が選ばれるにしろ、今の時期はグループリーグで対戦する相手にどの様に対峙するかの戦略的ディティールを詰める時期だという事だ。大雑把なチームコンセプトなどを述べている時期はとっくに過ぎている。しかし、スカウティングという意味では、この時期の監督交代も悪いことばかりではない。相手国にとっては「今までのスカウティングは何だったんだ!」という事になるのかもしれない。まあ日本相手ではそれほどの問題ではないのかな。とにかく西野監督には、「結局、本田や香川をW杯に出させたかっただけ…」等と言われないような采配を期待したい。

そういえば、田嶋サッカー協会会長は「ロシアW杯以降も代表監督は日本人で」という意向であるという記事を何かで読んだ。今後は国際経験豊かな外国人監督が日本代表を率いることが無いという事になるのだろうか。

戦術やコンセプトが「独りよがり」にならない為には、絶えず世界と接することが重要だ。日本を含め、アジアが世界に勝てないのは地政学的不利が大きな原因の一つである気がしてならない。強豪国と本気で戦う機会が無ければ世界との差も分からないし、例えば守備の文化も根付かない。欧州や南米の中堅国が持つ強かさ、しぶとさは、予選に強豪国がいるからに他ならない。サッカー弱小国である日本は、そこで経験値を積んだ名将にまだまだ学ぶべき時期だろう。

次の4年間を日本人が監督をすることにより、妙なバランス感覚、つまり「忖度」をコンセプトにしたチームができないように祈るばかりである。



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Act.16 【日本らしいサッカーとは「柔よく剛を制す」なのだろうか】

クラシコで久々にメッシを見たが、もう30歳になるのに全く衰えていないのには驚いた。それどころか、ますますそのサッカーに磨きがかかっている。ペナルティエリア内で彼がボールを持つと、どんなに相手選手でごちゃごちゃしていても、かなりの確率で得点となる。全く凄い選手がいたものだ。

メッシで思い出したが、2010年W杯の時、アルゼンチン代表監督はマラドーナだった。彼は戦術について「メッシに預けろ」しか言わなかったという笑い話があるが、メッシのプレーを見ていると、本当の話だったのかもしれないと思えてしまう。

それにしてもマラドーナは破天荒な監督だった。もともと本能でプレーするような天才肌の彼は、論理的思考が必要な監督業にはどう見ても向いていないと思われた。引退後の私生活はハチャメチャだったが、監督に就任してからもリンゴをかじりながら記者会見をしたりマスコミに激しく悪態をついたりと、あまりにその動向がユニークだった為、当時のアルゼンチン代表チームは選手より監督の方が目立っていた。

考えてみれば、歴代の日本代表監督も個性的な人が揃っていた。まあ監督というのはどこの世界も個性派ぞろいではあるが。
僕が日本代表監督で特に印象深かったのは、フィリップ・トルシエとジーコである。

トルシエはフラットスリーなる戦術を選手に教え込み、試合で上手くできないと怒り、上手くできると「言った事しかやらない」と言って嘆き、とにかくいつも顔を真っ赤にしてわめいていた。「中田ヒデ?サッカーは1人でやるわけではない」と言っておきながら、韓国戦で中田を入れたら突然ワンランク上のチームに変化したのを見て、その後中田の顔色を窺うようになった等々、色々と面白い話題を提供してくれた監督だった。彼は「日本人は自動車が通っていないのに、信号が赤だと道を渡らない」等と言って、日本人のことを特徴的に捉えていた様だ。アフリカを指揮したときと同様に管理主義を徹底し、選手に対して、いや、誰に対しても常に上から目線であった。フィジカルトレーニングを重視し、フラットスリーという妙な戦術に固執した。

トルシエの後はジーコが代表監督に就任したが、トルシエとは真逆のサッカー観だった。とにかく「自由」。トルシエの時の反動からか、我々もそれを喜び、支持したものだった。彼は「天才は共存できる」として、当初は中田英寿、中村俊輔、稲本潤一、小野伸二を中盤ダイアモンド型に配置し、あとは「どうぞお好きに」みたいな感じだった。つまり戦術らしい戦術は全くなかった。この傾向は4年間続いた。強制的にやらせたのは、選手が試合でシュートを外しまくった翌日、ひたすらシュート練習をさせた事ぐらいか。よくこれで4年間も監督としてもったものだと思うが、やはりドイツW杯での結果は散々だった。グループリーグ敗退後、最後にジーコが言った言葉はこともあろうに「日本人はフィジカルが弱すぎる」だった。これを聞いて「何年も日本に居るのに、何を今更…」と苦笑した日本人は多かっただろう。フィジカルについてはトルシエも「日本のフィジカルエリートはここにいたのか!」と横浜ベイスターズ(当時)の二軍キャンプを視察して言ったものだ。彼も日本人サッカー選手のフィジカルを嘆いていた一人だった。とはいえ、ご両人とも日本サッカーに大きく貢献したことは間違いない。

そういえばザッケローニも「インテンシティ」という言葉を使い、ハリルホジッチも「デュエル」という言葉で「強さ」を鼓舞していた。やはり日本人選手は世界基準に対してあまりにも「強さ」が足りないように感じるのは、海外から見ると皆同じの様だ。

「日本らしいサッカー」という言葉の意味合いとして「柔よく剛を制す」という言葉がある。欧米人に体格で劣る日本人が技で活路を見出そう、という意味で日本柔道で使われた言葉である。しかし本来は中国の兵法書「三略」に書かれてある言葉で、「やり方によっては柔和な者でも剛直な者を制御することや、弱い者でも強い者を制御することが可能な場合もある」という意味で、決して「柔らかくしなやかな者こそが」という意味ではないし、それを推奨しているわけでもない。

というのも、三略でそれに続く言葉として「柔でもあり剛でもあればその国は繁栄し、弱でもあり強でもあればその国は影響力を増す。しかし柔かつ弱でしかなければその国は必ず削られ、剛かつ強でしかなければその国は必ず滅びる。(原文略)」という様な事が書かれているからだ。

つまり、何事においても柔、剛、弱、強をバランスよく使い分けなければならないと説いている。これはサッカーにも当てはまる事で、ハリルホジッチの方針が日本人に合わないとしても、ボールを繋ぐだけのサッカーでは駄目なことは最近の欧州サッカーを見ればよくわかる。長所を伸ばすのは結構だが、一方のやり方に偏らず臨機応変の使い分けが必要なのだ。

話は変わるが、日本人に対してあまり理解がない、沸点が低い、フィジカルを重視して同じ戦術に固執する、という点においてハリルホジッチはトルシエとよく似ている。フランス国籍を持ちアフリカのナショナルチームで名を馳せたという点においても同じである。歴史は繰り返すとはよく言われるが、ハリルホジッチの反動で今後の日本代表がジーコの時のようなサッカーにならなければ良いのだが…。





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Act.15  【日本代表は自分たちのサッカーで先祖返りするのか】

2012年のロンドンオリンピックの時、日本は銅メダルをかけて韓国と戦った。
試合前、韓国の洪明甫監督は「我々は日本を良く知っている」と語っていた。中盤の激しいプレスやロングボールの対応に日本はあまり強くない。体力も限界にきている3位決定戦では、韓国のDFはしっかり守って低いラインを保ち、ロングボールを多用してくる可能性が高い。それに日本の場合、俊足の永井のスペースが消され機能しなくなると、全体的な動きが鈍くなるのはメキシコ戦を研究すればわかる事だ。従って、韓国がどの様なサッカーをやってくるかは十分に予想が出来たはずだ。

それに対して、日本の監督は「自分達のサッカーが出来れば結果はおのずとついて来る」という様な事を盛んに言っていた。「自分達のサッカーが出来れば」、ということは「普段の力が存分に出せれば」という意味で、まさか「相手が誰であろうとやり方を変えない」、という意味ではあるまいと思っていた。普通に考えると、相手のストロングポイントを押さえる事は戦いでは当たり前の事だからだ。

しかし、日本はその前に戦ったメキシコ戦と変わらぬ先発メンバーで変わらぬ戦術で挑んだ様にみえた。特別に誰をどうケアするというのも見られなかった。高い身体能力を持つ韓国のFWが、一発のロングボールをものにしてシュートまで持ちこめる力がある事は分かっていたはずだが、まんまとそれにやられてしまった。

要するに、強い身体という自国選手の特徴を生かして日本の弱点を突いてきた韓国に、何も対策を講じてこなかった日本が完敗したように見えてしまった。何かの対策を講じたのかもしれないが、全くその片鱗を見ることができなかった。その時僕は「こりゃあA代表と同じだな」と思ったものだ。

その上、日本の監督は「気持ちが強い方が勝つ」みたいなことを試合前日に繰り返し述べていた。勿論、精神論も重要だろう。しかし、この場に及んであまり公の場に持ち出して欲しくないと思った。それは「過去における大戦時の玉砕」という嫌な文言を思い出してしまうし、あまりにも論理性に欠ける言葉だからだ。第一、もし負けたら「気持ちが弱かった」という事になるのだろうか。選手がそれを言うのは構わないが、監督や指導者がそれを言ってしまうと、選手に全ての責任を押し付けているように聞こえてしまう。職務放棄である。監督はそれを言う前にやるべき事がたくさんあるはずだ。ともかく、この試合ではっきりしたことは、日本が負けたのは「気持ちの強さが韓国に劣っていたからではない」という事だ。

再び「自分たちのサッカー」、「オールジャパン」のいきつく先が「気持ちが強い方が勝つ」みたいな精神論にならないことを祈るばかりである。


ところで、解任されたハリルホジッチ氏が日本で記者会見を開くという事を聞き、どうせ協会をぼろボロクソ言うのだろう等の憶測が流れたが、内容は違ったものだった。要約すれば、田嶋会長が言っていた「多少のコミュニケーソン不足」に対して、「そんなことはなかった、いきなりクビになった」というものだった。両者の主張は全く食い違っているが、一部の選手からは「コミュニケーション不足など全くなかった」という声も聞く。現役の代表選手が日本サッカー協会様に逆らう意見を言うとは、大した度胸だと思ったが。

まあどちらの言い分が正しいかはともかく、やはり「多少のコミュニケーション不足」だけでは開催2か月前に解任する理由には程遠い、という事を改めて痛感した。仮に「コミュニケーション不足」があったとすれば、それは協会側の方だったのかもしれない。




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Act.14 【「日本らしさ」を体現したなでしこジャパン】


AFC女子アジアカップ決勝戦・日本対オーストラリア。試合内容は、2011年のW杯で優勝した時の決勝戦、対アメリカを彷彿させた。ワイドに展開し、強いフィジカルとスピード感あふれる攻撃を展開するもなかなか点が取れないアメリカに対し、少ないチャンスをものにした日本。今回のオーストラリア戦もまさにそんな展開だった。

それにしても、相手チームにとって「なでしこジャパン」というのは本当に嫌なチームではないだろうか。とにかく運動量が豊富で、しかも最後までそのペースが落ちない。フィジカルが強い相手に対して足元で負けることは多いが、ボールを失っても決して諦めず最後まで追っていく。前線の選手もよく守備をするし、プレッシャーをかける。あまり多くないチャンスをギリギリのプレーでシュートまで持ち込む。前線には攻守に走り回り、抜群のテクニックを持つドリブラーの岩渕が、そして後半疲れが溜まった頃に入って来る決定力抜群の横山がいる。両者とも相手にとっては怖い存在だ。特に岩渕の運動量、献身的ともいえる攻守での活躍は素晴らしい、の一言だった。

準決勝、決勝でのなでしこジャパンの戦い方を見ていると、彼女達こそ「日本らしいサッカー」を体現しつつある様に思う。

男子の場合は、想像を絶する程に世界との差は大きいので、「日本らしいボールポゼション」などと言っても世界の強豪相手では常時というわけにはいかない。それができたとしても何らかの理由で持たされているだけだ。自身のスローイングを自分達のボールにキープするのさえ難しいのだから。その様な状況下で結果を出そうと思ったら、とにかくフィールドプレーヤー全員が最後まで攻守にわたって走り切る体力が必要だ。それに加えて相手を徹底的に研究し、その為だけの選手を選び戦術を練る。勿論、グループリーグの試合のみを考えるしかない。

あ、これって先日解任された監督が考えていたことかな。コロンビアやマリは中心選手が決まっているから、もしかしたらという期待はあったのだが、結果が見られなくて返す返すも残念に思う。

とにかく誰が監督になろうが、協会のマネージメントが悪手だとすべての歯車が狂ってくる。西野監督がどのような形で試合に臨むのか興味があるところだが、今回のロシアW杯では前大会以上に日本の立ち位置がわかる大会となる気がする。



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Act.13 【この時期に再び「日本らしさ」の復活か】


たまたま、前回W杯のグループH、「アルジェリア対韓国」の録画がまだ見ていない状態で残っていたので、さらっと見ようと思ったが、序盤からアルジェリアの猛攻が面白くてつい見入ってしまった。

グループHに入った国は、ベルギー、ロシア、アルジェリア、韓国だ。この試合はグループステージの2試合目。アルジェリアは初戦でベルギーに逆転負をしてしまい、グループ最下位。韓国は初戦でロシアと引き分け、グループ2位の状態での試合だ。直前の試合でロシアがベルギーに負けたので、双方ともこの試合に勝つとグループステージ突破の可能性がある。アルジェリアの監督はつい先日、日本代表監督を解任されたハリルホジッチだ。

アルジェリアは初戦から5人もメンバーを変えてきた。韓国はスカウティングと違う事に面を食らったのか、ペースがつかめず序盤から圧倒的に押し込まれてしまい、前半で3点を失ってしまった。韓国のシュートはゼロだ。解説の岡田元日本代表監督が「アルジェリアはこの攻撃力で攻めていればベルギーにも勝ったのではないか」、と語っていたほどアルジェリアの攻めは徹底していた。

それにしても、W杯の様な大きな大会の2戦目で5人も先発を入れ替えるとは、かなりの大胆采配だ。またそれがハマったのだから、采配も見事だが、選手のレベルも高かった。韓国はいつもの韓国らしさがない、と岡田さんは盛んに言っていた。確かにいつもの粘り強さ、しつこい強さが感じられない。何か宙に浮いた様なフワフワした感じだ。コートジボワール戦の日本代表を思い起こさせる。予想外の事に圧倒され、相手のペースにはまってしまったのかもしれない。結局後半に意地を見せ、パワープレーで2点を取り返したが、終わってみれば4-2でアルジェリアが勝利した。こういう試合を見ると、メンタルがいかに重要かを痛感する。

前半ずいぶん押し込まれたのにもかかわらず、洪明甫監督が動いたのは後半しばらくたってからだ。アルジェリアは1試合目を負けているので背水の陣という感じがしたが、この試合は序盤から監督力の差が出た印象だ。結局、ベルギーとロシアという大方の予想を覆し、グループHを突破したのはベルギーとアルジェリアになった。

日本人の身体能力はアルジェリア並みとはいかないだろうが、ハリルホジッチにはロシアW杯でこの様な采配を期待した。どの選手をどういった形で使い、相手のウイークポイントをどう攻めるかが楽しみでもあった。

日本人の持つ勤勉性や器用さを生かした「日本らしさ」というのは心地よい言葉である。前回はそれがいつのまにか「自分たちのサッカーを貫けば勝てるはずだ」といった論拠のない自信みたいなものにレベルアップしていた。しかしブラジル大会で、それは世界を相手にした場合、全く通用しない現実を突きつけられた。自己満足的な「日本らしさ」では駄目なのだ。

大会後、アギーレとハリルホジッチという異なるスタイルを用いる、世界を知る指導者を代表監督に招聘した。前回の反省を踏まえ、今までとは違う形で世界と渡り合えるサッカーを試みようとしたはずだ。しかし、両者とも結果を出す前に不可解ともいえる解任となった。

そして再び「日本らしさ」というキーワードの復活である。勿論、それを否定するつもりはないし、そうあって欲しいと思う。しかし、下位の国が世界で胸を張ってそれを言える程甘くないのも現実だ。日本はW杯出場国でも下位である。出場国の中ではサッカー弱小国なのだ。そういう国が色々な角度から試行錯誤を繰り返すのは悪いことではないはずだ。今回の解任で、「知名度の高い選手とポゼションサッカー、そして混乱と敗退」がデジャブの様によみがえることにならないか憂鬱になる。

スポーツと金は切っても切れない関係だ。我々はそういうシステムで成り立っている世界でスポーツを楽しんでいる。まあ理由が何であれ、今回の交代劇はいかにも遅すぎると感じてしまう。この時期の解任は、単にハリルホジッチじゃなければ良い、という引き算にしか見えない。もっと以前に解任すべき時期はあったはずである。

それにしても、「オールジャパンで行く」は日本の全英知を傾けて、だと思ったが、スタッフを含め全員日本人という意味もある様だ。この21世紀に、何だか妙にネガティブなコメントに聞こえてしまった。




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Act.12 【暗い船出を印象付けた日本代表の新監督】


田嶋会長の記者会見の時もそう感じたのだが、西野監督記者会見も、何かに誤って触れないよう最大限に気を使い、言葉を選び、時には喋りにくそうに、また時には遠回しに答えていた。とにかく矛盾を感じる回答が多かった。恐らく言えない事、言ってはいけない事が何かあるのだろうと推察する。しかし、それを差し引いても聞きにくかった。分かりにくいというべきか。喋りが流暢ではないし、間が悪い。田嶋会長もそうだったが、すぐに話のポイントがボケる。同じ内容を繰り返す。何より話が面白くない。

質問の内容にも問題があるのだろうが、仮にも国の代表監督なのだから、聞いている相手を引き込むような、もっと魅力的なしゃべり方が出来ないものかと思ってしまう。特に今回のような会見は、大体出る質問はあらかじめ予想できるような会見だ。

昔でいえば、川淵さんは上手かった。実に魅力的な喋り方をする人だった。岡田さんもそのサッカー解説はわかりやすく面白い。オシム氏に関しては言うに及ばず。話というのは内容が内容であっても喋り方ひとつでその受け止め方が違ってくる。

外国のサッカー監督は皆喋りが上手い。ジョゼップ・グアルディオラ など、その上スペイン語、英語、ドイツ語と3か国語でそれぞれの国の記者に流暢に答えていたのには感心したものだ。大企業でも出世する人は喋りが上手い。コミュニケーションが必要とする世界で上に立つ人間は、まず喋れなければダメだと思う。サッカーの監督も然り。ここでいう「喋れる」とは、流暢で抑揚があり、分かりやすくて説得力があることだ。

今は不安をできるだけ解消しなければならない時期だと思うが、新たな代表監督記者会見をみて、先行きの不安を感じた人は多かったのではないだろうか。

事情は察するが、なんだか悲壮感漂う暗い船出に見えてしまった。




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Act.11 【イライラが募る日本サッカー協会会長の記者会見】

「マリ戦、ウクライナ戦の後の期間において、選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたということ。そして、今までの様々なことを総合的に評価してこの結論に達しました。」と田嶋幸三・日本サッカー協会会長は記者会見で述べていた。

選手からハリルホジッチ監督に対して不満が出たという事か。しかし、そんなことはよくある話だ。トルシエ監督の時だってそうだったし、ジーコ監督の時だってそうだった。プロフェッショナルの集団ともあろう者が今更何を言っているのだろうと思ってしまう。そもそも代表監督として4年間の任期をまっとうさせようとするのが日本サッカー協会の体質だ。それは今までの歴史を見れば良くわかる。勿論、古くは加茂さん、ファルカン氏など更迭された監督はいたが、勝てなかったという明確な理由があり、何よりW杯まで時間的余裕があった。事あるごとに年中代表監督の首を切ってきた体質のサッカー協会の話なら分かるが、そうではない、これは必要だろうと思われる時でさえなかなか首を切らない体質を持つ日本サッカー協会が「大会まであと2か月」というこの時期に、選手とのコミュニケーションが「多少薄れてきた」などという理由で監督をクビにするだろうか。

「1%でも2%でもワールドカップで勝つ可能性を追い求めていきたい。そのためにこの結論に達しました。」という事だが、西野氏が監督をやると何故勝つ確率が上がるのかが良く分からない。西野氏は監督としての実績もあるし資質もあると思うが、何しろ2か月しかない。何より彼は実践から離れている。どんなスポーツでも、そばで見ているのと当事者になって実践するのとでは全く違うだろう。それはスポーツに限らず一般の仕事でも言える事だ。彼の良さを出すには時間がなさすぎる。勿論、奇跡的に勝ち抜けるかもしれないが、それはハリルホジッチのままでも言えることだ。

まあそんなことは百も承知だろうが、その様なリスクを背負ってでも監督を替えるという事は、「絶対にそうしなければならない、何がしかの『公にはできない大きな理由』があった」と考えざるを得ない。

記者会見での質問で、誰かが「ハリルホジッチの持っている一番良い部分を出す前に首を切った」という様なことを言っていたが、まさしくその通りだと思う。彼はアルジェリア代表監督の時、対戦相手を念入りに研究し個別に戦い方を変えるやり方を前回W杯で披露し、グループリーグを突破して優勝国のドイツ相手に五分の戦いをした。いろいろな選手を試すことで適性を判断し、戦術のアイディアを増やし、相手に合わせてそれらを組み合わせていくのが得意なはずだ。それは期待でもあるのだが、そういうものを見られる楽しみをあっという間に奪われた大きな喪失感を感じる。

「日本らしさ」というキーワード。それがあれば何でも許せてしまいそうな悪魔の魅力を持ったキーワードが記者会見でも出ていたが、そもそもボールを繋ぐという日本らしさは、まだまだ世界に通用しなかったという事が前回W杯で証明されたのではなかったのか。

W杯は短期決戦なので情報戦ともいわれている。監督を解任するという事は、ハリルが連れてきたスタッフやコーチ陣も解任するという事だ。分析好きの彼らは皆欧州へ帰ってしまう。いくら書類上の制約があるとはいえ、欧州は遠い。その上彼らは今回の事を決して快くは思っていないだろう。この間際にそんな彼らを解任して、果たして日本代表の情報は守れると言い切れるのだろうか。予想されるハリルホジッチの反論も、あと2ヵ月に迫った大事な時期に余計な憶測を生むだろう。

僕はハリルホジッチの支持者ではないのだが、聞いていてあらゆる事がしっくりこない、イライラが募る記者会見であった。



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Act.8 【韓国は強かったが、あまりにも情けない内容だった】

●1日本 対 韓国4◯

ラモス瑠偉は得意の精神論を盛んに語っていた。確かに彼の言う通り、選手にはボールに食い付いて行く姿勢が足りないように見えた。何か縮こまっている。献身的なハードワークが日本らしさではなかったのか。見ていてそう言いたくなった。こういう時に鼓舞する長谷部の様な中心選手がいないのは痛いと思った。

しかし、残念ながらそこを差し引いても韓国の方が速いし運動量も豊富だし上手いし、その上、身体もデカかった。今回の韓国は強い。明らかに日本より格上だ。それほどの差を感じる試合だった。少し絶望的な気持ちになったので、途中から自虐的ギャグで韓国を応援したら4点目が入ってしまった。さすがに顔がこわばった。

とにかく速く前に、裏へボールを蹴り出すという単調な攻めの中で、日本らしいパス交換、丁寧なボール回しというキーワードが聞こえたが、パスサッカーを目指していた時でも日本は単調なサッカーになりがちだった。ハリルホジッチ監督が目指している縦に速い戦い方、堅守速攻は格上に対して有効であると思うが、現状の日本は堅守ではないし、プレッシャーが強いわけでもない。その上速攻が得意という程、攻撃のスピードは速くない。引かれて守られると成す術がないし、相手のプレッシャーが強いと受け身一辺倒になる。試合によって出来不出来の差が激しいのはコンディションの問題だろうか。

それにしても、ハリルホジッチ監督は試合後のインタビューで、「韓国の方がレベルが上だとわかっていた」と他人事のように言っていたが、その考えが選手にインプットされ、消極的なサッカーに終始させてしまったのではないだろうか。そう疑わざる負えないほど、あきれたインタビューだった。強いといっても韓国は極東アジアの一国に過ぎないのだ。

彼はブラジル大会でアルジェリア代表をグループリーグ突破に導いたが、その4試合の全てで異なる先発メンバーを組み、最終的には20人のフィールドプレイヤーのうち19人がピッチに立った。相手を徹底的に分析し、ストロングポイントを押さえるやり方でドイツさえ苦しめた。今回も、おそらくグループリーグで対戦する各国に対して膨大な情報を分析し、各々に対抗する「弱者の戦術」を練り、それに合った20人のフィールドプレイヤ―を選ぶのだろう。試合ごとに異なるメンバーだった今回の大会も国内選手を見る為の試合と捉えており、組織の練度を高めるものではなかった。おそらく監督はグループリーグをどう戦うだけで手いっぱいであり、今後の日本サッカーに何かを残す等という事は全く考えていないと思われる。

であるなら、どんなサッカーをやってもキッチリとグループリーグを勝ち抜いて欲しい。グループリーグを突破できなかった時に、「相手が格上なのはわかっていた」などと、自分の無能さをさらけ出すような愚にもつかない事はまさか言わないと思うが、たとえ負けても、もう少し監督としての責任ある言葉が聞きたいものだ。



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Act.6 【僕はブラジル代表が嫌いである】

ハッキリ言って僕はサッカーのブラジル代表が嫌いである。

昔、ブラジルではサッカーが下手の人の事を「日本人みたいだ」と揶揄すると言うという話を聞いて以来、嫌いになった。「バカにしやがって」と腹が立った。人間、本当のことを言われると腹が立つものだ。その上、日本代表がブラジルと戦うと決まって惨めな内容になるからだ。

特にネイマールは大嫌いだ。人として未熟なくせに日本戦になるとやたらに点を入れる。未熟は関係ないか。まあとにかく前回のブラジル大会の時、ドイツにボロボロにやられた試合は見ていて気持ちが良かった。どんなスポーツだって謙虚さを忘れると酷い目に合う、などと勝手に思ったものだ。

余談だが、それにしてもリニューアルするたびに日本代表のユニフォームがダサくなるのは何故だろう。青にしても、もっと濃くした方が締りがあるし強く見えるのではないか。仮縫いのような点線も意味不明。小学校の時に家庭科で縫った雑巾を思い出した。

ブラジル戦はただでさえ嫌な予感がするのに、新しいユニフォームのダサいデザインがこの試合の結果を占っているかのようだったが、案の定、どう努力しても越えられない壁みたいなものを見せつけられたような気がした。ブラジルの誰一人をとっても日本選手の、おそらく誰よりもレベルが上だろう。そんな選手が11人集まっているのだから、単純に考えれば勝てるわけがない。ブラジルはサッカーがアイデンティティになっている様な国だ。欧州に良質なサッカー選手を供給している国である。だから強くて当たり前なのだが、「そんなに差を見せつけなくともいいじゃないか」とまた怒りが沸いた。「卓球とか野球とか水泳とか、日本がブラジルより強いスポーツはいくらでもあるんだぞ!」と関係ないことを言いたくなった。ただの負け惜しみだ。サッカーはジャイアントキリングが見られるところが面白い、なんて誰が言ったのだろう。今回はあまり相手を研究せずにノーガードで戦ったのだろうが、それでもここまで差があると、強いチームはやはり強い、と当たり前のことに感心するばかりだ。

ハリルホジッチ監督は強豪と戦うために「奪って縦に速く」を掲げていたが、縦どころか横でも斜めでも、とにかく何をやるにもブラジルの方が圧倒的に速く、日本はありえない偶然が幾重にも重ならないと勝てそうもなかった。奪ってカウンターなど夢の夢だ。スピードが違いすぎる。テクニックが違いすぎる。精度が違いすぎる。何一つ日本が秀でている部分がない。攻撃はともかく、守備も戻りが速いのだから勝負にならない。運動量もブラジルの方があったのではないか。ここまで個人の力量に差があると、もう笑うしかない。特に今回のブラジルは今までのブラジル代表とは異なり、組織を感じる。予選で圧倒的に強かったのもうなずける。ロシア大会のブラジルは今まで以上に優勝候補筆頭だろう。

それでも最初の10分ぐらいは日本も前線からのプレスが効いて、ブラジルにはそれほど好きにやらせていなかった。しかし、それが90分続けられないと判断したのか作戦だったのか、途中でプレスがかからなくなると、まるでゴロフキンが好き放題に相手を殴りまくってKO勝ちをした様な一方的な試合になった。特に前半は。

誰かも書いていたが、こういう試合を見るとキリンカップなど本当にただのイベントに過ぎないのだな、とつくづく思う。ブラジルみたいな強豪とやる事がどれだけ強化になるか。自分たちの足りない部分をどれだけ知らしめてくれるか。格下には格下のやり方があるはずで、それはやはり強豪と試合を重ねないと生まれてこないものなのかもしれない。

後半に入り、選手を試すことに切り替えたブラジル相手に「後半に関しては日本が勝っていた」とハリルホジッチ監督は言っていたけれど、まさか本気ではあるまい。監督もその差に愕然としたに違いないが、ここはポジティブなことを言うべきだ、と考えたのだろう。

W杯まで半年と少しだが、あまりの課題の多さとその間の試合数の少なさに少し絶望的な気分になった。ベルギー戦で一矢報いてもらいたいが、どんな試合になるのだろう。負けてもいいから、少しでも「わくわく感」が欲しいものだ。



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Act.5 【技は力の中にあり】

キリンカップのハイチ戦。
前半20分過ぎまでハイチはただ成り行きを眺めているだけのように見えた。日本がボールを持ってもプレッシャーに行かないし守備はスカスカ。時差ぼけなのか実力なのか、ニュージーランドの方がよほど上に見えた。

ところが28分に1点を返すと、それで目を覚ましたように個人技で攻め立て、ついには2点差をひっくり返した。それは、日本がごちゃごちゃと緩いパスを回していたのに対し、ハイチは素早くFWにボールを入れ、個人の力で「ドン!」という感じだった。日本の方が細かいテクニックは上のように見えたが、点を取ってからのハイチは力強さと怖さがあった。まるで、細かい技が力でねじ伏せられたかのように感じた。極真空手の創始者、大山倍達氏が「技は力の中にあり」といった言葉を思い出した。パワーを伴わないテクニックなど意味がないのだろうか。とにかく日本には「力強さ」や「勝負強さ」などの「〇〇強さ」というものが足りない気がする。ハイチがベストコンディションなら、かなりやばい試合になったかもしれない。

気になったのはやはり相手に引かれたときだ。メンバーが変わってもそのあたりの問題は同じだった。攻撃のボキャブラリー不足。まあこれは今に始まった事ではないが、やはり個人で相手を跳ね飛ばすようなドリブル突破ができる選手が出現するのを待つしかないのだろうか。

それにしてもハリルホジッチ監督は何を怒っていたのだろう。試合後、「酷い試合」という言葉を盛んに口にしたが、スタメンのほとんどを入れ替え、今まで組み合わせたこともないメンツで戦ったのだから結果はある程度覚悟していたはずだ。いくら「使っていない選手を試す」といっても、全く変えてしまったのでは戦術の浸透も何もないのではないか。軸を変えずにサブを試すのが普通なのだろうと思うが。そういう意味では、ハリルホジッチ監督がこの試合で何をやりたいのかさっぱり分からなかった。新しい選手が2点取っただけでも収穫と見るべきか。まあ、世界一貧しいと言われている国が経済大国といわれている国にアウェーで引き分けたのだから、その国のサッカーと経済力は無関係だという事が証明されたことだけは確かだろう。

来月、ブラジル、ベルギー相手にどういう試合をするのか、少し怖くなってきた。



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Act.2 【日本らしいサッカーって何だろう】

最近は住宅のみならず、事務所やデパートなどでも殆どの便器にウォシュレットが付いている。しかし、だいぶ以前に外人向け高級賃貸マンションを設計した時、「外人はウォシュレットを使用しないので設置しても無駄だ」と某不動産会社の担当者から言われた事があった。そのときは「ビデがある文化なのに何故なのだろう?」と不思議に思ったものだ。(もっとも、これは後から知ったのだが、彼らのビデの使い方は足を洗ったりちょこっとした洗濯物をしたりと多用とのことだ。)

日本に来た外国人の殆どがウォシュレットに感動するらしいが、いまだに世界的普及とまでは至ってない。理由としては、外国では水道水が清潔では無い、浴室とトイレが一緒になっている場でのコンセント設置の禁止、などなど色々な事が考えられるが、公にならない情報として「身体の構造の違いもその一つだ」と聞いたことがある。要するに、日本人と外国人では肛門の位置、角度が微妙に違うということだ。この位置や角度はメーカーが長年の研究を重ねて現在のものになったものだが、あくまで日本人のデータで開発した商品なので他民族には合わないかも?という訳だ。民族によって骨格や筋肉の質、筋肉の付き方、性格や風習なども違うので、肛門の位置や角度が異なっていても不思議はないだろう。

痔になると何をするにも痛みが走り、人間の行動の中心は全て肛門にあることが良く分かる。要するに「軸」みたいなものだ。「軸」の位置が異なれば当然身体能力の特性も違ってくるだろう。肛門や骨格、筋肉の質だけではなく、もしかしたら視神経伝達の何かが、つまりは物の見え方だって民族によっては異なるのかもしれない。 各々の歴史や文化が異なるように。

サッカーは球技であり一人一人が自由に動ける分、選択肢が多いスポーツだ。日本の文化や身体的特徴に合った「日本らしいサッカー」というモノはおそらく存在するのだろう。 しかしそれが世界に通用するかどうかが問題だ。勿論、日本人がサッカーに向いていないなどとは少しも思わないが、今回のアジア最終予選を見ていると、コンスタントに世界のベスト10に入る様な強豪国になるのは夢物語の感じを受ける。

経済大国でありJFAも年間2百億近くもの収益を上げる大組織になっているのに、何故停滞しているのだろう。日本が初めてW杯に出場した1998年のフランス大会以来20年近く経つが、日本サッカーの世界的地位はあまり変わっていないように見える。まだ20年しか経っていないとも言えるが、日本にJリーグができたとき、経済大国で教育がしっかりしている日本がプロリーグ作れば、サッカー強豪国の仲間に入るのは相遠くないだろう、と言った外国のサッカージャーナリストは多かった。しかし現実はそう甘くはなかったわけだ。

サッカー強豪国と言われる国々のメンツがずっと変わっていない現実を見ると、サッカーそのものよりそれを取り巻く環境、つまり文化の方が重要なのかもしれない。サッカーに革命を起こした強豪国オランダは九州程度の国土でしかないのだ。日本ではなでしこが国際大会で偉業を成し遂げても、それは一過性のブームでしかなかった。強ければ文化になるという簡単なことではなさそうだ。日常に深く根差したサッカー文化を持つ欧州との差は歴然としている。

結局今の代表では、日本らしいサッカーで世界を驚かす、ではなく、突発的な強さ、つまりジャイアントキリングを期待してW杯を楽しむ事しかない。しかし、それでも勝利はうれしいものだ。やり方に拘らず、得意の緻密さで相手を丸裸にして強豪国に打ち勝つ。結局それが今言える「日本らしさ」なのかも知れない。


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Act.1【ハリル・ホジッチ劇場・最終章の始まり】

ザック・ジャパンのときは、前からプレッシングをかけてパスを駆使してボールポゼッションを高めて相手を崩していくというコンセプトだった。2013 年 11 月のヨーロッパ遠征では、ベルギーやオランダを相手に素晴らしい内容で善戦したが、あの頃がザック・ジャパンのピークだったのかもしれない。それは「日本らしいサッカー」という大義名分の元で、メンバーの固定化と戦術オプションが無い、という硬直化を招いてしまい、ブラジル W 杯では残念な結果に終わった。

ハリル・ホジッチ監督は試合ごとにメンバーを入れ替え、「縦に速く」という、これまでの日本のサッカー文化と対立するような内容をコンセプトに据えた。その結果、日本はボールポゼッションが極端に低くなった。それに加えて内容のチープさもあり、これまでの試合では批判が多かったが、先日のオーストラリア戦ではそのコンセプトが見事に当てはまり、最後に実を結んだとマスコミは評価していた。

一方最後のサウジ戦を見ると、ハリル・ホジッチ監督も結局このサッカーしかできないのだろうか?本当にこのサッカーでよいのだろうか?という疑問がわいてくる。あらゆる状況を考えて、サウジアラビアに対してもオーストラリアと同様によく研究し対策を練っていたとは思うが、メンバーこそ変われどやり方はオーストラリア戦と変わらなかった。

相手の長所を潰しながら堅守速攻で勝負をものにしていく戦い方は、ハードワークではあるが、W 杯のような格上との試合には必要な戦術だ。実際、W 杯をみていると、格上と対戦するチームのほとんどが堅守速攻でジャイアントキリングを起こしている。
それは良いのだが、相手に引かれたときや先取点をとられたときの攻撃オプションが無い、となればどうなるのだろう。その上、W杯は相手も日本の事をタップリとスカウティングしてくる、という状況での戦いである。そもそも日本は堅守といえるほどの守備力なのだろうか。速攻で点が取れる様な鋭い攻撃力を持っているのだろうか。この戦法はデュエルの弱い日本人に合っているのだろうか。

欧州予選に目を向けると、堅守速攻が得意なイタリアは苦戦している様だが、それでもイタリアには日本には無い強さと狡猾さがある。イタリアといえば、もう何年も前のことだけど、中田英寿がペルージャにいた頃、日本に凱旋してセレッソ大阪と戦ったことがあった。結果は 2-0 でペルージャが勝利したが、サッカーはセレッソの方が上手かったし、良いプレーをしていた。しかしペルージャの方が強かった。攻撃も奪って速攻の一本調子だったが、とにかく怖さがあった。その時は戦術云々の前に、先ずは強引にボールを前に運ぶシンプルな強さの必要性を感じたものだ。

W 杯まであと9ヶ月である。大会までのハリル・ホジッチ監督の舵切りは、予選最後の敗戦である意味面白くなったとも考えられる。それは一種のエンターテイメントだ。どんな物語になるのだろう。日本代表という混沌とした状況下で、どのような形で終止符を打つのか。そしてそれは今後に期待できるものなのか。あるいは今回の延長そのままで三流ドラマの様に呆気なく終わってしまうのだろうか。

サウジアラビア戦の敗戦は、良い方向に進む序章であると思いたい。


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