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ロシアW杯より藍をこめて

サッカー日本代表・ロシアW杯への道程・藍は日本代表ユニフォームの色をイメージ
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Act.5 【技は力の中にあり】

キリンカップのハイチ戦。
前半20分過ぎまでハイチはただ成り行きを眺めているだけのように見えた。日本がボールを持ってもプレッシャーに行かないし守備はスカスカ。時差ぼけなのか実力なのか、ニュージーランドの方がよほど上に見えた。

ところが28分に1点を返すと、それで目を覚ましたように個人技で攻め立て、ついには2点差をひっくり返した。それは、日本がごちゃごちゃと緩いパスを回していたのに対し、ハイチは素早くFWにボールを入れ、個人の力で「ドン!」という感じだった。日本の方が細かいテクニックは上のように見えたが、点を取ってからのハイチは力強さと怖さがあった。まるで、細かい技が力でねじ伏せられたかのように感じた。極真空手の創始者、大山倍達氏が「技は力の中にあり」といった言葉を思い出した。パワーを伴わないテクニックなど意味がないのだろうか。とにかく日本には「力強さ」や「勝負強さ」などの「〇〇強さ」というものが足りない気がする。ハイチがベストコンディションなら、かなりやばい試合になったかもしれない。

気になったのはやはり相手に引かれたときだ。メンバーが変わってもそのあたりの問題は同じだった。攻撃のボキャブラリー不足。まあこれは今に始まった事ではないが、やはり個人で相手を跳ね飛ばすようなドリブル突破ができる選手が出現するのを待つしかないのだろうか。

それにしてもハリルホジッチ監督は何を怒っていたのだろう。試合後、「酷い試合」という言葉を盛んに口にしたが、スタメンのほとんどを入れ替え、今まで組み合わせたこともないメンツで戦ったのだから結果はある程度覚悟していたはずだ。いくら「使っていない選手を試す」といっても、全く変えてしまったのでは戦術の浸透も何もないのではないか。軸を変えずにサブを試すのが普通なのだろうと思うが。そういう意味では、ハリルホジッチ監督がこの試合で何をやりたいのかさっぱり分からなかった。新しい選手が2点取っただけでも収穫と見るべきか。まあ、世界一貧しいと言われている国が経済大国といわれている国にアウェーで引き分けたのだから、その国のサッカーと経済力は無関係だという事が証明されたことだけは確かだろう。

来月、ブラジル、ベルギー相手にどういう試合をするのか、少し怖くなってきた。



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Act.2 【日本らしいサッカーって何だろう】

最近は住宅のみならず、事務所やデパートなどでも殆どの便器にウォシュレットが付いている。しかし、だいぶ以前に外人向け高級賃貸マンションを設計した時、「外人はウォシュレットを使用しないので設置しても無駄だ」と某不動産会社の担当者から言われた事があった。そのときは「ビデがある文化なのに何故なのだろう?」と不思議に思ったものだ。(もっとも、これは後から知ったのだが、彼らのビデの使い方は足を洗ったりちょこっとした洗濯物をしたりと多用とのことだ。)

日本に来た外国人の殆どがウォシュレットに感動するらしいが、いまだに世界的普及とまでは至ってない。理由としては、外国では水道水が清潔では無い、浴室とトイレが一緒になっている場でのコンセント設置の禁止、などなど色々な事が考えられるが、公にならない情報として「身体の構造の違いもその一つだ」と聞いたことがある。要するに、日本人と外国人では肛門の位置、角度が微妙に違うということだ。この位置や角度はメーカーが長年の研究を重ねて現在のものになったものだが、あくまで日本人のデータで開発した商品なので他民族には合わないかも?という訳だ。民族によって骨格や筋肉の質、筋肉の付き方、性格や風習なども違うので、肛門の位置や角度が異なっていても不思議はないだろう。

痔になると何をするにも痛みが走り、人間の行動の中心は全て肛門にあることが良く分かる。要するに「軸」みたいなものだ。「軸」の位置が異なれば当然身体能力の特性も違ってくるだろう。肛門や骨格、筋肉の質だけではなく、もしかしたら視神経伝達の何かが、つまりは物の見え方だって民族によっては異なるのかもしれない。 各々の歴史や文化が異なるように。

サッカーは球技であり一人一人が自由に動ける分、選択肢が多いスポーツだ。日本の文化や身体的特徴に合った「日本らしいサッカー」というモノはおそらく存在するのだろう。 しかしそれが世界に通用するかどうかが問題だ。勿論、日本人がサッカーに向いていないなどとは少しも思わないが、今回のアジア最終予選を見ていると、コンスタントに世界のベスト10に入る様な強豪国になるのは夢物語の感じを受ける。

経済大国でありJFAも年間2百億近くもの収益を上げる大組織になっているのに、何故停滞しているのだろう。日本が初めてW杯に出場した1998年のフランス大会以来20年近く経つが、日本サッカーの世界的地位はあまり変わっていないように見える。まだ20年しか経っていないとも言えるが、日本にJリーグができたとき、経済大国で教育がしっかりしている日本がプロリーグ作れば、サッカー強豪国の仲間に入るのは相遠くないだろう、と言った外国のサッカージャーナリストは多かった。しかし現実はそう甘くはなかったわけだ。

サッカー強豪国と言われる国々のメンツがずっと変わっていない現実を見ると、サッカーそのものよりそれを取り巻く環境、つまり文化の方が重要なのかもしれない。サッカーに革命を起こした強豪国オランダは九州程度の国土でしかないのだ。日本ではなでしこが国際大会で偉業を成し遂げても、それは一過性のブームでしかなかった。強ければ文化になるという簡単なことではなさそうだ。日常に深く根差したサッカー文化を持つ欧州との差は歴然としている。

結局今の代表では、日本らしいサッカーで世界を驚かす、ではなく、突発的な強さ、つまりジャイアントキリングを期待してW杯を楽しむ事しかない。しかし、それでも勝利はうれしいものだ。やり方に拘らず、得意の緻密さで相手を丸裸にして強豪国に打ち勝つ。結局それが今言える「日本らしさ」なのかも知れない。


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